第179回 夏バテ!

こんにちはバウハウスの三品です。猛暑やゲリラ豪雨といった地球温暖化の影響が身に見える形で現れるようになってきました。米国元副大統領アル・ゴアは「不都合な真実」で環境問題を世界に訴えました。しかし、その後の十年、「地球環境温暖化は嘘っぱち」と叫ぶトランプ大統領の誕生とパリ協定からの離脱など環境問題は棚上げになり温暖化に歯止めがかかる兆しは見えてきません。このままで本当に私たちの未来は大丈夫なのでしょうか?
 この問題の希望的な見通しとして、産業革命以来排出してきた化石燃料の二酸化炭素が太陽光発電などの代替エネルギーに代わり二酸化炭素の排出を抑え危機を回避できるとういう説があります。事実、アフリカなどの発展途上国では草ぶき屋根の上に太陽光パネルが設置され、携帯電話、照明などのインフラを賄っているといわれます。そんな生活スタイルが急速に普及すれば二酸化炭素の排出ゼロも夢ではないように思えます。政治家は一刻も早くそんな見通しが実感できるような社会をつくってほしいと切に願う昨今です。
 さて、今年の夏も恒例の青森ねぶたに出かけました。ねぶたが見たくて出かけるというよりはこの時期にねぶたをエサに夏の東北を旅するといった方がピッタリの旅です。今年も、山登りと滝好き、秘湯に目の無いメンバーで夏の東北を廻ってきました。
 初日は百名山の安達太良山登山、学生の時にスイスイと登った記憶で登り始めましたが現実はそんなに楽ではありませんでした。宿は栗駒山ろくの大湯温泉です。この温泉は川の中に湯船があり野趣味満載です。2日目はねぶた見物です。姿こそ跳人の衣装に着替えいつでも列に加われるようにしましたが、今年は暑さもあって跳ねる気力がなく、終始見物に。3日目は八幡平の頂上に登り、鳴子温泉の秘湯うなぎの湯で知られる「琢ひで」、化粧水のようなぬるぬるの湯を体験しました。そして帰路は南三陸のさんさん市場でうに丼を堪能。大満足のねぶた旅でしたがいささか疲れが溜まったようです。体調を崩し10日ほど病院通いに。やれやれ・・・。

第178回 庭を楽しむライトアップ

こんにちはバウハウスの三品です。やっと梅雨明け、夏の暑さがやってきました。ダブル高気圧だそうで暑さが半端でありません、涼しさに慣れた体には耐え難い暑さです。皆さん熱中症にはくれぐれも注意してください。 
 それにしても今年の梅雨は長かったですね。日照不足と長雨で農作物の生育が遅れ生産者にとっては深刻な問題です。海水浴やプールも閑古鳥が鳴いていました。衣料品の売れ行きも今一だそうです。天候不順は様々な分野に影響を及ぼしますね。
 さて先日、取引先のリクシルから庭のライトアップの提案を受けました。以前からやってみたいと考えていたことなので早速実行してみました。これまでのガーデンライトと違い、24ボルトの低電圧なので電気工事の資格がなくても配線や設置ができます。器具はLEDなので消費電力がわずかです。電気代も我が家の場合、15灯ほど設置しても照明代が200円/月程度ですから気になりません。これまでの外灯や防犯灯も兼ねてしまいますのでそれらを考えるとお得感もあります。
 もちろん一番の効果は、今までの庭がさらに魅力的になることです。ライトアップされた庭は昼間の庭とは様相が一転し、人を誘い込むような艶やかな佇まいを見せます。住まい手はもちろん来訪者も楽しめます。 これから住まいを造る人、生活をもっとエンジョイしたいと考えている人、ライトアップを考えてみてはいかがでしょうか? 
 当社のHPに今回の事例を掲載しました。また、実際の庭を見学できるイベントも開催予定です。準備でき次第HPにアップします。ぜひご覧ください。

第177回 55年前にタイムスリップ

こんにちはバウハウスの三品です。うっとうしい日が続き、早く梅雨明けにならないかと待ち望んでいる昨今です。例年通りの梅雨明けですとあと20日ぐらいの辛抱ですね。暑い夏も困りますがジメジメは気分も憂鬱になりますから、暑くても夏よ早く来いと思ってしまいます・・・。
 さて、先日小学校の同窓会が泊まり込みでありました。宿泊地は小学校の修学旅行で訪れた福島の会津で、50年前にタイムスリップして昔を懐かしもうという幹事の計らいです。会津といえば鶴ヶ城と白虎隊、野口英世博士の生家も訪れました。当時、鶴ヶ城は石垣が残っただけの城跡で石垣の前に整列し記念写真を撮ったのを思い出しました。
 白虎隊が自刃した飯盛山にも行きました。飯盛山は標高370mのこんもりした山です。当時は麓から急な階段を上りましたが、今はベルトコンベヤーが設置され楽に登れます。
 白虎隊は16歳から17歳までの武士の子弟で編成された戦闘隊で、猪苗代湖の戦地から城に引き揚げる途中に、飯盛山で城下が炎に包まれるのを目にして「もはやこれまで」と隊士全員が自刃した悲話で有名です。16、17歳は今でいえば高校生ですが当時は15歳ぐらいで元服しますので立派な大人の戦闘員だったのですね。
 しかし、この鶴ヶ城、焼け落ちたのではなく官軍の猛攻に耐え一月余りの籠城、砲弾で穴だらけになっても崩れずに残ったと言いますから難航不落の名城だったのですね。その後明治7年に取り壊され昭和40年に再建されています。
 今回は立派に再建されたお城をバックに記念写真を撮りました。お城はその後も化粧が施され優雅なたたずまいを見せています。
 私はオリンピックが終わると古希を迎えますが、人生「光陰矢の如し」ですね・・・。

第176回 ミニマリストの元祖?

 こんにちはバウハウスの三品です。先週の季節外れの猛暑、ビックリしましたね。入梅もまだだというのにどうしたのでしょうか?我が家の軒先の日陰に吊るした寒暖計が35度を指しており、思わず2度三してしまいました。今年も長い暑い夏になりそうです。くれぐれも熱中症には気を付けましょう。
 さて、先日久しぶりに本を読みました。書名は「方丈の狐月 鴨長明伝」。鴨長明は昔、学校で習った記憶があり、方丈記の作者であることはなんとなく知っていましたが、どんな人でどんな人生を送ったのか、方丈の庵で暮らしたと言われるがどんな建物だったのか?建築屋としても興味深々で読んでみました。方丈記の方丈は晩年に暮らした住まいの大きさに由来することがわかりました。
 方丈とは、10尺(約3m)四方の大きさで、長明は50を過ぎてから、京の都から逃げるように山深い大原地に自分で考案したプレハブ式の庵(方丈の庵)を建て、終の棲家としました。手先が器用で凝り性で琵琶なども自作したようです。そこで書かれたのが「方丈記」です。もともと鴨長明は下鴨神社の神職の高貴な家に生まれましたが、思うような出世がかないませんでした。和歌や琵琶に耽溺しながらも幾度となく出世のチャンスをつぶして挫折。また、保元・平治の乱、大火災、大地震、大飢餓を経験し生き延びます。
 方丈記はそんな乱世の世でに人の一生のはかなさ、無常観がつづられています。そんな無常観を実際の生活でも実践したのが鴨長明です。使用人を大勢抱え、広大な屋敷で育った長明が何もかも捨て去り、たった9㎡(5畳ほど)の住まいで暮らしを送ったと言いますから、さしずめ、現代版、ミニマリストの先駆者というところでしょうか?
 物欲、名誉欲、出世欲など煩悩に悩まされている余人には一読の価値があります・・・。

第175回 なぜ、外の食事はうまいのか?

こんにちはバウハウスの三品です。史上初の大型連休、皆さんはどんなふうに過ごしましたか? 私はタケノコ採り、夏野菜の植え付け、庭木の剪定、草むしりなど土や自然と親しむ時間がたっぷりとれた良いお休みでした。後半の3日間は自宅を会場にしたイベントを開催し、新緑の庭や、初夏の住まいの快適さを体感していただきました。
 さて、この時期は5月の爽やかな天気のおかげもありデッキでの食事が格別です。連休中も朝、昼、晩と天気が許す限り、外での食事を楽しみました。
 しかし、なんで外の食事はおいしいのでしょうか? 遠足の弁当、運動会での昼食、行楽の食事、BBQなど、外での食事はおいしいのですね。日本ではあまり多くないのですが、海外でのレストランでは外の席から埋まってゆきます。すぐそばを通行人が通るような場所でも。
 どうやら、おいしさは外の空気と関係がありそうなので、いろいろ調べてみました。ある人は自然の空気と場所が外になることで心の環境が変わりうまさを感じる事になると言います。またある人は、場所が変わることによって五感が刺激され、自律神経が活性化し、気分が良くなりおいしく感じるのだと言います。更に面白い話では、ある番組の実験で、4人ぐらいでランチを食べるのですが、最初は一流シェフの料理をひとりづつバラバラで、次の日はその店の見習いシェフが作った料理を、条件は同じテーブルでおしゃべりしながら。そして、この2回の料理の感想を聞くと一流シェフより見習いシェフの料理が美味しいという評価です。つまりおしゃべりしながら食べると何でもおいしく感じるのです。
 ということは、場所やメンバーを変えることで、非日常感が生まれ、おいしさを感じる事になるみたいです。皆さんも試してみてはいかがでしょうか?

第174回 利根運河の散策路

こんにちはバウハウスの三品です。もう4月、桜の季節ですね。植えて5年間、開花がなかった我が家の桜も今年は順境に花実ををつけ、待望の花見が出来そうです。4月は新しい年号の発表月ですね、どんな年号になるのでしょうか?
 さて、先月、誕生日を迎えまた一つ齢を重ねました。この齢になると、関心ごとの一番はやはり健康です。かかりつけの医者に「最近血圧が高めですね?」などと言われ、あわてました。寒さや花粉症もあって最近はウォーキングもトンとご無沙汰です。体重よりも増えて70オーバーになってきました。そんな事で気合を入れ直し、今年に入ってしばらくご無沙汰だったウォーキングを再開しました。いつも歩くコースは利根運河の土手道です。
 利根運河は明治になって利根川から東京に物資を運ぶため、江戸川につながる近道として掘られた水路です。総延長は8.5キロ。最盛期は年間4万隻近い船が通過したそうです。その後鉄道の開通によって衰退し、現在は利根川の水位調整水路、産業遺産として残されています。また、堰堤両側は駅周辺を除き開発が手つかずで自然が残されています。桜並木の公園や大学のキャンパス、自然公園、フリーマーケットが開催されたりして、結構な人出でにぎわいます。
 散歩コースからは富士山や筑波山が眺められ、水辺にはたくさんの水鳥が見られます。そんな中で感動モノは、飛ぶ宝石と呼ばれる「カワセミ」が見られることです。雉もいたるところに居ます。春は菜の花、桜が楽しめる贅沢な散策路です。こんないい場所があるのですから歩かないてはありませんね・・・。

第173回 新興国インドネシア

こんにちはバウハウスの三品です。3月は冬も終盤、本格的な春の訪れの季節ですね。庭木も春芽が膨らみ始め、新しい季節を迎える準備が始まったようです。
 我が家の菜園も今年初めての作付準備をしました。最初はジャガイモです。種芋を買付、発芽を待ちながら、畑に追肥とストーブの灰を施し、畝をこしらえ植え付けの下ごしらえをしました。畑といっても10坪にも満たない小さな家庭菜園です。しかし、人力で耕すとなると結構な労働です。老骨に鞭を入れて頑張りましたが、ヘトヘトでした。6月には立派なジャガイモが収穫できる予定ですが、果たして思い通りに行くでしょうか、楽しみです?
 さて、先週、インドネシアに行ってきました。プライベートな旅行でしたが、全てを他人に任せきりだったので空港で本を購入、インドネシアについてにわか勉強をしました。
 私のそれまでのインドネシア観は、赤道直下の島国、暴動や紛争、地震や津波、どちらかというと負のイメージが強かったのです。しかし、それは過去の話。現在は政治の安定と経済の成長を取り戻し、中国、インドに続くアジア第三の新興経済大国です。5100kmとアメリカよりも東西幅の長い国土、2.5億人の世界4位の人口、そして26歳以下が50%を占める生産人口の多さなどまだまだ発展する国であることがわかりました。
 入国し、まず驚いたのが人の多さと活気。空港から約一時間余り、タクシーでホテルに向かいましたが、車の間を縫って走るバイクの多さと混雑さが半端でありません。2人乗り、3人乗り、はたまた4人乗りと日本では考えられないような乗り方をしています。クラクション、割り込み、急な車線変更は当たり前で、こんな状態で事故をおこさないのが不思議に思えます。良いも悪いもこんな状態も新興国の活気なのでしょう。
 日本に戻り、いつもの通勤渋滞が静寂に感じ、少子高齢化で発展の止まった国である事を改めて感じさせられました・・・。

第172回 火遊びの話

 こんにちはバウハウスの三品です。寒さも本番の今日この頃、異常乾燥が続き、インフルエンザが猛威を振るっています。体調管理には十分ご注意ください。また、ヒートショックの事故が多発するのもこの時期です。重ねてご注意ください。
 さて、この時期の楽しみは「薪ストーブ」です。寒さが厳しくなった分、尚更に薪ストーブの楽しさが実感できます。「暮らしを楽しむ」、そんな私の家造りのコンセプトにピッタリなのが薪ストーブです。
 なんで薪ストーブが楽しいかというと「面倒くさい?」からかも知れません。家が快適だと手間ヒマが掛かる「モノ」や「コト」に価値を感じてします、そんな天邪鬼的な道具が薪ストーブなんだろうと思います。薪は「再生可能なエコエネルギー」だとか、非常時は「煮炊きが出来たり照明にもなる」などと屁理屈も言っていますが、一番は「楽しさ」そして「柔らかい暖かさ」に尽きると思います。また、炎の揺らぎを見ていると気持ちが癒されます。そんな「メンタル」な効果も大事な要素なのです。
 人が他の動物と大きく異なることは「火」を扱う能力を身につけたことだと思います。火を扱う能力を身につけた事だと思います。火を扱う能力で動物界の頂点に立ち、現在の文明を作り上げてきました。ですから「直火」を使わなくなった現在の生活でも「直火」に対するDNA的な要素が体のどこかに残っています。薪ストーブに惹かれるのはそんな背景があるかもかも知れません。
 私が生活を楽しむ仕掛けとしてお勧めする筆頭が「火遊び」です。薪ストーブに限らず、暮らしのごこかに直火があると生活が豊かになります。火鉢に炭を熾し湯を沸かしお茶やコーヒーを飲んでみる。炙りものを食べる、そんな手間暇が生活を豊かにするのです。ぜひ、試してみてください。ほっこりすこと請け合いです。

第171回 バウハウス誕生秘話

こんにちはバウハウスの三品です。あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。
今年は5月で新しい年号に代わり、バウハウスも創立20年を迎える節目の年となりました。
 振り返れば20年前、建材メーカーでサラリーマン生活を送っていた私ですが、ある日突然、他部署への
不本意な配置換えを命ぜられました。なんで?と思った場面でしたが、あれこれ考えずこれも天命と思い、
長年心の片隅で温めていた独立を決意しました。当初は仲間を誘いモデルハウスを持った会社組織で始めたいと
考え、資金のスポンサーを探したりしたこともありましたが結局は個人で開業、自宅の一間を事務所スペースとした
門出でした。50を目の前にした49歳でのスタートです。最初の仕事は前の職場で準備期間中に社内営業をし、
新築1棟と3件ほどのリフォーム工事を確定していました。正式には4月からのスタート(3月までは前の会社に在籍)
ですが年明け早々の今の時期には仕事を始めていました。
 今でも、7万円で買ったポンコツの軽トラで最初の資材を買い付けに走らせた時の事を懐かしく思い出します。
映画「ショーシャンクの空に」の主人公アンディが冤罪の刑務所から脱獄しメキシコに向かうシーンを重ね合わせ気持ちが
高揚したのです。サラリーマン生活のしがらみから解放されたというすがすがしさがありました。
 その後、ネット社会の恩恵にあずかり仕事の規模も拡大、今日までなんとか事業を継続することができました。
 年も改まりましたが、創業時の思いを振り返り、新たな気持ちで今後の仕事に取り組みたいと思います。
重ねてよろしくお願い申し上げます。

第170回 今川焼

 こんにちはバウハウスの三品です。今年もあと一月、いつもながらのあっという間の一年でした。平成も来年5月で新しい年号に代わります。新しい年号はなんとなるかわかりませんが、
私は順調に生活できれば「昭和」「平成」「新年号」と3代にわたって生きることになるようです。
 さて、季節は秋も深まり朝晩は暖房が必要なほど冷え込むようになりました。庭木の葉も散り始め、冬の訪れも近いようです。そんなこの時期に無性に食べたくなったのがあんこたっぷりの
今川焼。神社やお寺の参道でよく販売されています。野田にもお店がないかとネットで探したらありました。野田名物特許太郎焼き本舗「キタガワ」、名前が立派です。旧の市役所近くの細い
路地路だったので普段は目にすることがありません。野田在住、40余年の私も知りませんでした。とにもかくにも早速車を走らせ名物を手に入れました。1個100円、5個入りが500円でした。
ほかほかで餡たっぷりです。餡の甘さも良い塩梅で2個も平らげてしまいました。
 この今川焼、由来をネットで調べたら、江戸中期、神田近くの今川橋付近のお店で桶狭間合戦をもじり「今川焼き」として宣伝、販売したのが評判となり全国に広がったと言われています。
他説では諸国大名今川氏の家紋である二つ両引を由来するとも言われています。明治時代には庶民のおやつとして大流行し、森永製菓創業者の森永太一郎氏が「焼芋屋と今川焼がある限り銀座での
洋菓子屋の進出は困難」と言ったほど盛んに売られていたそうです。
 なるほど、お菓子のソウルフードと言っていいほどの食べ物だったのですね。道理で食べたくなるわけです・・・。
 時節柄、風邪にはご用心ください。平成最後の12月、良いお年をお迎えください!

第169回 寒さ対策

 こんにちはバウハウスの三品です。めっきり秋らしくなり朝晩は暖房が欲しいと思うぐらい冷え込むようになりました。庭木の葉も色づき始め秋も日増しに深みを増してきました。ついこの間までの猛暑を忘れてしまいそうな今日この頃です。
 それにしても今年の夏は暑かったですね。それを物語るように、総務省の発表ですと今年の5月から9月までで全国で9万5千人余りの人が救急搬送され160人もの人が命を落とされたそうです。死者は22年の171人を下回ったものの搬送者は過去最多だった25年の5万8千人余りを3万6千人も上回り過去最多を記録しました。今年の夏がいかに猛烈だったかがわかります。都道府県別の搬送者数では東京の7843人、大阪7138人、愛知6629人と大都市圏が多い傾向です。また、全体の半数は65歳以上の人で、発生場所は庭などを含む住宅地内での発症が43%を占めたことに注意してほしいと思います。
 そして、間もなく寒い冬を迎えます。寒くなると注意したいのがヒートショックによる死亡事故です。同じく総務省の調べによると年間1万7千人余りの人が住宅地内での温度差で命を落としている事に驚かされます。
 私の知る限り、欧米の先進国でこんなに多くの人が住宅地内で死亡している事例は聞いたことがありません。原因か何かというと我が国の住宅の断熱性能の低さとそれに対する住みての意識です。「暑さ寒さは我慢するもの」、「エアコンや扇風機で暑さを凌ぎ、寒さは重ね着や炬燵で凌ぐ」。こんな時代遅れの認識が事故の一因となっています。こと、住まいの暖冷房は「我慢や節約」が美徳ではありません。命と健康を引き換えにしている事を理解してください。部屋を暖めるのではなく、家全体を暖めることが肝心です。寒さにご用心。

第168回 神無月

 こんにちはバウハウスの三品です。猛暑も去ってやっと秋めいた天気になったと思ったら、昨日は11月並みの天気ということで一気に冬の陽気です。寒さで震えがきました。ストーブでも焚こうかと思ったぐらいです。今日は久しぶりの秋晴れですが、この天気も今日いっぱい、明日からは台風の影響で大荒れが続くようです。なかなか安定しない秋の陽気、秋晴れの行楽日和は当分お預けのようです。
 さて、10月は旧暦で神無月(かんなづき)と呼ばれています。年に一度、全国の神様が出雲大社に集まって会議を開く時期なのです。ですから全国の神様が不在となるので神無月と呼ばれます。集まった神様は何を話し合うかというと、人の運命や縁を決めるのだそうです。遠く離れたもの同士が知り合い結婚できるのはこの会議の結果とされています。 さらに、来年の天候、農作物、お酒の出来などが話し合われるそうです。
 なぜ会日の場所が出雲大社なのかというと出雲大社の祭神は大国主神(オオクニヌシノカミ)で大地を司る神様なのです。大国主神にはたくさんの子供たちがおり、その子供たちが全国を管理しており、年に一度出雲大社に戻り、その年の報告や来年の相談をするのだそうです。やがて他の神様も一緒に出雲の国に集まるようになり、神のいない月となったそうです。
 私も仕事がら地鎮祭を執り行い工事の安全を祈願します。この時願い事を届けるのは大国主神様です。では神無月に地鎮祭を行っても効果がないかと思いきやすべての神様が出雲に出かけてしまうのではなく、ちゃんと留守をする神様がおるのだそうです。その代表的な神様が「恵比寿神」、そのほかにも「金毘羅神」や「道祖神」などの神々が留守を守りますので神頼みはいつでもOKという事らしいです。神様の世界は年中無休なのですね。 ちなみに出雲の国では10月を「神在月」と呼ぶそうです。